『妄想バス』に揺られて(妄想のススメ)

 分厚い胸板に顔を埋める。私は男の頬を両手で持ち上げ、顔を自分の方に向けキスをする。軽いキスではない。歯がかちかちとぶつかるほどの激しいキス。男は私を押し倒す。部屋の中は卑猥な擬音だけが渡り響き、私は淫らな悦の声を高々にあげる。

 妄想は誰にでも出来る唯一の自由恋愛。妄想をしない女性はいないと思う。片思いの相手だったり、あるていの芸能人であったり。妄想は飛躍する。そんな妄想を叶えてくれる女性向け風俗店があればなって思う。 男性向け風俗でいうところのイメクラだ。女性でもそのようなお店があって、かる〜く行ける時代がきっとこの先の未来。来るかもしれない。 女性だって欲求がたまるのだ。だから「女性向け風俗店」が存在するのだから。

 私は妄想が好きすぎて、妄想だったのか現実だったのかわからなくなることがある。 つい最近、もの至極満員のバスに乗った。私が乗ったらもう誰も乗れないほどバスの中は混んでいた。

 大きく揺れるバスと鬱蒼とした空気に私はすっかり気持ちが悪く吐きそうになったいた。
 もう、これ以上乗れない! 
 と思っていたが、停車駅でバスが停まり、ぎゅうぎゅう詰めの中、男性が躊躇しつつ乗ってきた。扉の先にいたので、そこを退かないと扉が締まらない。そう、運転士さんがアナウンスをする。男性は背が高く、清潔感のある50代前半の中肉中背の男性だった。
「あ、す、すみません」
 いいながら、あたしを胸の中におさめ、とりあえず扉が締まるあいだ、男性に包まれた。男性はまことに申し訳ないです、と、2度ほど謝罪の言葉を述べた。
 私は、いいえ、首をすくめつつ、男性の胸の中におさまった。
 男性は半袖のワイシャツを着ていた。
 その先に延びている腕は毛がわさわさと生えていて、逞しかった。指先はかさかさしていたけれど、爪は綺麗に短く整えてあり嫌な感じではなかった。

「そ、その指を私の口の中に入れてください」私は男性の腕を掴んだ。筋肉質な腕だ。固い。毛は柔らかく男性の胸の中からはブルガリの香水の匂いがほんのりした。
 
 男性は私を見下ろした。目は二重で濁りのない目だった。視線が絡み合う。男性はなにも言葉を発さずに私の口の中に左の人差指を穿ってきた。薬指には銀の輪っかが輝いている。無言のまま男性は私の口の中で指をせわしなく動かす。
「ああっ、」

 私はその場に立っていられなくなって男性に寄りかかった。バスが急停車をしたのだ。私を抱きかかえるよう男性は私を抱きしめた。なにせぎゅうぎゅう詰めだ。動けない場面でのこの状況は、誰も私と男のしていることなど気にも留めてはいない。
 私は男性の胸の中にすっかりおさまり、最終駅までずっと抱かれていた。
 
 最後降りるとき、男性が何事もなかったよう、私の背を押し、「大丈夫だった」と、声をかけ、「先に降りなよ」と、静かな声音で言った。私はうなづき、出口に行きお金を入れた。男性とはそれっきりだ。

 「指を口の中に」などどは言ってはいない。あくまでも私の妄想である。しかし、満員バスの中。男性に抱かれたのは事実であり、興奮をし妄想をした。

 トイレに行ったら、私は月のものがきていた。予定日よりも10日も早く。

 妄想はときに女を女にするのかもしれない。
 私は常、妄想の中で生きている。女だから。
 妄想は自由。



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