【愛人の掟】

「誰かの愛人になりたい」
 
 私は若いころからその願望があった。どうしてなのか。
 その質問に至っての答えはシンプルで、
「働きたくない」
「身体を売ってお金になるのならそんな楽なことはない」
「若いうちしかできない」
 からである。
 
 しかしながらその渦中の愛人はお金こそは持っているが、若さと清潔感は欠如しているし、だらしのなふくよかな身体を身にまとってる。下の毛にはチラホラと白いものが混じっていた。そこにはまったく『愛』はない。けれど、「愛人」という名目で繋がっている間ならば、「愛している」などと演技を施さないとならない。好きな人の愛人には決してはなれない。愛する人に月何十万というお手当などはいただけないからだ。

 私は十代の若いころ、ほとんどが愛人生活をして生計を成り立たせていた。3人のおじさんに囲われていた。おじさんたち(3人)の総額をあわせると存外高額になったが、そのお金を握りしめてパチンコや競艇に行ったりした。散財をしまくったが、ホストには行ってはいない。余談だが、私はホストクラブに行ったことがない。

 しかし、愛人業も楽ではなかった。愛人契約中のおじさんが3人もいると、週3日はどれかのおじさんにあわないとならない。これが守れないとおじさんはたちまち機嫌を損ねる。あいにく、そのころ、生理が止まっていたので(精神的に激やせをし、生理がなくなった。過度なストレス・過度なダイエットはやめましょう)
 
 おじさんたちは絶対に避妊をしなかった。おじさんの年齢は55歳・58歳・60歳だと記憶をしている。私はそのころまだ19歳。可愛がるというよりも、まるで物扱いだった。裸にして目で視姦をし、そのあと、身体を舐めまわす。おじさんの愛撫が至ってぞんざいだった。昔の男性はエロの知識がまるっきり希薄だったので(おてほんがあまりなかった)女の扱いに慣れておらず、それこそ、唾を陰部に『ペッ』と吐いて、まだ完全に勃起をしていないしろものを挿入をした。60歳のおじさんは愛人契約中に心臓の病気で亡くなった。そういえば。
 
 それでも『愛人』は演技をしなくては、ならない。「アン、アン、」と声をあげ、「もっと、もっと」とおねだりをし、「好き」と嘘をつく。
 
 お金をもらう月末までが、気が気ではなかった。お金をもらうとどこかほっとする自分がいた。愛人稼業も決して楽ではないことを痛感する。自由を奪われ、本当の彼氏などはつくれるわけもなく、すっかり心が疲弊し、私は身体は若いのにすっかり思考はおばさんになった。男なんて。身体があればどうにでもなるし。などという短絡思考は今ではすっかりない。今のこの時世で「愛人」という稼業の就職は困難になっている。それは、性風俗業界の進出。出会い系サイト。と、格安で女を手にいれることが出来るのだ。

 今でいう「愛人」は既婚者がよそでつくる「女」という意味で使用されているが(不倫ですね)その昔は、「愛人」は「お金で飼われている女」であったことをお忘れなく。

 しかし、今、現在は「愛人」になろうにも不景気であり、なかなか敷居が高い業種になっている。
「私さ、愛人なんだ」
 そういう女性に限って不倫をしている。
「お金はもらってないよね」訊くと、
「ううん、あっちさ、妻子持ちだからお金ないじゃん。だから私が出してるんだ」
 
 もはや、時代は変わっている。



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