【女性用風俗小説6】〜もうひとりのあたしが〜

夕方の6時を過ぎると次々に値下げのシールがペタペタと貼られてゆく。それを待ち構えるよう並んでいる人間はほとんどが醜い風貌をしている。男も女もなく皆一様に同じ顔にも見えるし同じ宇宙人にも見える。いや、もしかしたら、あたしが地球外生物なのだろうか。あたしを見ると、気のせいかもしれないけれど、だいたいの人間は避けていくか、二度見をしてゆく。

「チッ、見んなよ」

あたしは、ひとりごち、人間達を睨みつける。睨み返す人間はいない。あたしははやり地球外生物なのだろうか。
値引きをされた惣菜コーナーに醜い風貌をした人間達と混じって買いあさる。ほとんどが3割引〜5割引だ。気に入りのかぼちゃサラダに半額シールが貼られたせつな、あたしは率先して3つ確保した。焼き鳥のぼんじり3本、牛肉コロッケ5つ、柔らか鷄の唐揚げ1パック、一口シュークリーム、手作り食パンにクロワッサン、ジャムパンに、クリームパン。カルボナーラスパゲッティにコーラー1・5ℓ2本とハイボールの500mlを3缶カゴに入れ、セルフレジに並ぶ。

人件費の削減なのか、最近はセルフレジが主流になっている。こうゆうせこい買い物をするあたしのような地球外生物にはしかしありがたい。こんな人間離れをした姿のあたしからの見切り品はありえない。なにせ普通とは違いおそろしいほど綺麗で華麗だからだ。モデルさんかなにか? などと声をかけられることもある。モデルのような姿をしている地球外生物のあたしは、セルフレジでお会計を済ませて、さささっとマイバックにしまいこみ涼しい顔をして出口に向かう。

『2,350円』

あれだけ買ってこの値段。コンビニで買ったならこの倍はするだろう。この安さもあって近所の汚いスーパーに買いにゆく。すがすがしい気分になる。これなら捨ててもいいし、さいあく盗まれてもいい品だ。けれど、実際これらの食べ物はあたしの胃におさまるものではない。

みつるさんを今夜予約した。その前にどうしてもしなくてはならないあたしだけの儀式。これを知ったらみつるさんは叱るだろうか。呆れるだろうか。はたまた殺してくれるだろうか。

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出張性感ホストのみつるさんをネットでみたとき、頭のてっぺんから足のつま先まで瞬時に凍りついた。『ハルキ?』つい、声がもれた。
昔付き合っていた男にそっくりだったのだから。ハルキとは2年くらい付き合ったが、嫉妬深く、束縛系で、おもてに出て働くことも許されずあたしは狭いワンルームにほとんど監禁状態だった。けれど、そのアブノーマルな行為によってあたしは愛されているんだとゆう錯覚を起こし、ハルキ以外との接触は付き合っていた期間ほとんど避けていた。家の中にこもってすることといえば、セックスとテレビとユーチューブと排泄と洗濯と掃除と食べることに限定をされた。その中での優先順位はセックスと食べることだけだった。ハルキはあたしがおとなしくしていたら機嫌がよかったし、本当に優しく接してくれた。セックスも申し分なくよくて溺れたし、時間のない朝だって短くてもセックスは欠くことなどはなかった。

生理でセックスが出来ないときは最悪でその時だけ食に走った。一日中何かしら食べていたし、食べることでなにもかも忘れることが出来た。だから当然太る。ハルキは「美緒は痩せているからさ、もっと食べた方がいいよ」と、いって、仕事帰りに毎日食べ物を買ってきた。大好きなかぼちゃコロッケ、モンブランケーキ。部屋には絶対に食べ物があったし、冷蔵庫はいつもいつでも図書館にある本棚のように満タンに食べ物とゆう書物が詰まっていた。

そんなある日、ふと、鏡を見たらあたしじゃないあたしがそこにうつっていた。二重顎して目も一重で顔中パンパンで針をさせばパンクしそうなぶつぶつの顔の人間だった。
ハルキはあたしを太らせて売るつもりなのか? こんな醜いあたしでもかわいいとゆうのは普通ではないじゃないか。なので輪をかけておもての世界から余計に遠ざかっていった。ハルキがいる、あたしにはハルキがいる、なにもこわくない。そう念仏のように言い聞かせ毎日ぶくぶくと太ってゆくなかハルキの帰りを待った。

「えー。美緒ぉー。あいつはもういいや。俺はまた豚に餌をやりまくって肥えさせたんだぜ。まあ、俺の趣味かな。豚になっちまった豚はもう出荷しかねーよ。え? そうそう、デブ専のさ、ヘルスに売るってやつね。もう3匹養豚場に出荷したしな」ギャハハハー。

ハルキが帰ってくる時間だと思いたち、アパートの前で待っていたら、誰かと電話をしながらこっちに歩いてくるハルキを見つけ、声をかける前に、電話の内容を聞く気などなくても聞いてしまった。

「うそっ」

あたしはもっていたスマホをその場に落として呆然と立ちすくんだ。その後の記憶は曖昧だ。それを境にあたしは家出をし、ハルキの前から売られる前に姿をけした。

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値引きで買ってきたものは全て封をあけその蓋の上に口の中に入れた食べ物を何度か咀嚼をして味わってから全て吐き出す。ゆっくりと味だけを楽しみ鼻から息を吐き出してくちゃくちゃのまま吐き出す。
過食嘔吐をしていたけれど、吐いても結果体内に食べ物蓄積されてしまい停滞期なのか吐いても太るようになってしまった。なので今は噛んで吐き出すことをひたすらとくりかえしている。一時間くらいかかるおもしろみのない無駄な食事。顎も痛いし唾液も出なくなる。コーラーで口を何度もゆすいで、ハイボールだけを胃のなかにおさめる。噛み砕いた食べ物はなんて無残で汚くてそれでいて憎たらしいのだろう。胃のなかに詰めたって同じことだ。ならば飲み込む前に出せばいい。あたしはこんな汚い生活を得てすばらしい身体を手に入れた。安く食べ物を買っているのもあって罪悪感はないし、むしろすがすがしささえおぼえる。しかし、寂寥感だけがあたしの心と身体を真っ二つに切り裂く。

なにが正解なのかがわからない。

あたしはみつるさんとの待ち合わせのビジネスホテルに向かう。なにごともなかったように、「あ、もう食事ね、済ませてきたの」などといいながらあたしは引きつった顔をして笑うのだろう。きっと。

「こんばんは」

紺のスーツに身をまとったみつるさんが、美緒さん、と、名前を付け足し挨拶をする。ハルキと顔は似ているけれど性格はまるで違う。紳士的だし、屈託ない笑顔はあたしだけのもの。この時間だけは。

「あいたかったの」

チェーン店のビジネスホテルは部屋が狭い。その声はとても大げさにきこえた。みつるさんは眉間にしわをつくり、首をかしげている。

「え? どうかし、た?」

あまりにも難しい顔をしているために質問をしてみた。それにしてもいい香りがする。

「……、えっと、美緒さん、また、痩せましたか?」

すこしだけ言葉を考えて発した言葉だったようだけれど、それ以外の言葉などはなく単刀直入ってな感じで声にした感じがする。
あたしは、ううん、痩せてなんてないわ、むしろまだ痩せたいくらいなの。だって豚でしょ。あたし。
えっ? みつるさんから笑顔はスーッと消え去り、たちまち涙目になる。まるで思いがけなく交通事故を見ちゃったよ! 的なおどろきの顔をして

「あまりにその身体ではかわいそうですよ。身体を大事にしてください。美緒さん。あなた、鏡を見ていますか? 一ヶ月ぶりです。前回よりも、悲痛です。何かお悩みでもあるんですか? 僕はあなたの味方です」

饒舌に話す言葉達がうまいこと頭のなかに入ってこない。ただ、『かわいそう』『だいじに』『かがみ』『ひつう』『なみだ』それらのどこかのうさんくさい小説に出てくる単語がパラパラと脳内で暴れまくる。

あたしは必死に首を横にふった。そしていった。

「あたしはけんこうできちんとしょくじを……、し、して、」

しています! といいたいのに喉の奥になにかが挟まっていていえない。

はっ、目の前が急に暗くなりムスク系の匂いに包まれる。広い胸。華奢に見えるけれど立派な体躯。あたしをすっぽりと包み込んでしまうその抱擁力。そして温かい体温を持った人間。あたしはどうしてだか涙を流していた。ロクに水分を取ってなどいない。ハイボールくらいだろう。水が苦手だしコーラーはうがいのためだけのもの。あたしの身体は一体なにで出来ているのだろう。胃にはハイボール以外一切入れてなどはいない。この一年であたしはすっかり変わったようだ。誰しもがあたしを好奇の目で見るのが今やっとわかった気がする。

きらびやかな夜景の見える大きな窓ガラスにうつっているみつるさんの中にいるその女は誰? その骸骨みたい、いや、もはや白骨化した女は誰なの?

あたしはその女と目が合ってお互いに睨み合っている。みつるさんはきつくあたしを抱きしめる。美緒さんもっと太って。死んじゃうよ。なにかつぶやいてはいるけれどまるで頭には入ってこない。目の前にいる女はみつるさんに抱きしめれている。ちっとも綺麗じゃなくそれこそ地球外生物みたいな女がそこに。目だけをぎよっとさせそれでもあたしを睨みつける。



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