kaikan小説 28|こどもじゃないもん

「せなちゃんはほんとうにかわいいね」

あら、今さら気づいたのかしら。百瀬さんは。あたしははらりとスカートをひるがえして夕焼け空をバックにいちいちかわいい仕草をして微笑んでみる。それからこう続ける。

「あたしなんてありていにいえば『かわいいほう』かもしれないわね」

「わぉ。認めたなぁー」

だって、百瀬さんの顔は夕日を背にしているので顔が真っ黒に見える。顔の様子がわからない。それでもクスクスと笑い声だけが春の夕方の風に乗って聞こえてくる。

「だって、若いからかわいいだけなの。若いから。若くなかったらかわいいなんて言葉をもらえないでしょ?」

あたしと百瀬さんは端から見たら親子ほどの年の差がある。お父さん? あるいは、ちょっと年の離れたお兄さん? 誰が見てもそう思うだろう。しかしまるでそれは違う。

百瀬さんは出張性感ホストのスタッフさんだ。39歳の百瀬さんは見た目も喋り方や仕草だって嘘偽りのない39歳。別に年上が好きだとかファザコンだシスコンだ、と、いう小説やドラマに出てきそうなエピソードなどはまるでなく至ってノーマルな家庭で育ち、今は衣服の専門学校に通っている。百瀬さんとの歳の差はちょうど20歳だ。

「せなちゃん今日はどこにいくのですか?」

2、3歩後ろを歩く百瀬さんの影が長く伸びている。まるであたしの身体を呑み込むみたいに。ついてきて、その口調はちょっとだけ命令ふうにもとれるし決定されているなにかがある、というふうにも聞きとれる。

「でもさ、結局ここなんだよねー」

結局ここなんだよね、といった場所は格安のラブホテルだ。専門学生の実家住まいではお金がない。じゃあ、一体お金はどこで捻出をしているの? 百瀬さんは以前質問をしてきた。「ナイショ」あたしは口に指をあてがい、ナイショだよ、と、秘密めいたことをした。けれど、百瀬さんはそれ以上込み入って聞いてはこず、むしろどうでもいいことだったなぁ、と心の中でのつぶやきが聞こえた。

部屋に入ると急いで窓を開ける。よかった、まだ、おもては自然のあかりを保っている。

「早くしないと、自然の光じゃなくなっちゃう」

あたしはほとんど百瀬さんを急かし自分も急かして裸になる。無造作に脱いだ洋服などおかまいなしにベッドになだれこむ。

「見て、あたしの身体」

「うん、とても綺麗だよ」

水でもなんでも跳ね返しそうなハリのある肌。お椀型のおっぱい。シミもシワもない化粧っ気のない顔。

あたしは百瀬さんの頬を両手で持ちそうっと顔を近づけて唇を求めた。吸って吸って吸いまる。まるでスケベオヤジみたいだなぁ、と思いながら。百瀬さんの頬はとてもスベスベで気持ちがいい。あたしの頬と同格にさえと思う。キスは率先しておこなうがその後の愛撫やらは百瀬さんの出番だった。最後まではしないけれど、その手前まではきちんとおこないあたしの理性を崩壊する。どんどんいやらしくなる。百瀬さんとあうとまた大人の階段を上ったと錯覚する。錯覚? 錯覚なのだろうか。あたしはまだほんとうの恋を知らない。

「月に一度だけどね、」アスパラガスの缶詰のようにベッドの上でくっついている。「うん、なあに」あたしは先を促す。

「せなちゃんはだんだんと綺麗になってく」

「……、うん」

天井に目を向けている百瀬さんの横顔が好きだ。好き、あたしはこの人にお金の介在する相手に恋をしてるのだろうか。

「けどね」百瀬さんがあたしの方に身体の向きを変え抱きしめる格好になって、けどね、と、つづける。

「若いからかわいい、ってそんなの関係ないんだよ。せなちゃんはきっとあと、20年しても今のよう華麗でかわいいはずだよ。だから、」

まって、あたしはその先の言葉は聞きたくなくてまたキスをしその言葉を遮った。

だから、老いることにおびえないで。きっと、彼はそんなことをいいたかったのだろう。見当がつく。

老いは誰にだっておとずれる平等な過酷な試練。痛いほどわかっている。

あたしは衣料ではなく医療福祉の専門学生で(百瀬さんには衣料と告げてある)たくさんの老いた女性たちを目の当たりにしている。バイトも福祉に携わるところでしているのだ。

「怖くはないのただね、後悔をしたくないだけなの」



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