kaikan小説 43|それは・あるひとつぜんに

喉の違和感に気が付いたのは昼食のお弁当の中に入っている切り干し大根を飲み込むことがなかなか出来ないことだった。飲み込むため何度もお茶を飲んだ。試しにご飯を食べてみたらそのようなことがなかったのでそのときは気にもしていなかったけれど、今度は耳の裏側に熱を持っていることを自覚し触ってみると小さなシコリを発見した。直径1センチくらいだろうシコリはどうやらあたしの体内の中で暴れているらしい。

勤続30年になるあたしは50歳で独身であげく処女だ。会社に命捧げちゃったなぁ、山田ちゃんは。と営業の男性たちにいわれる。嫌味でも非難でもない世間話。ふと、後ろを振り返ってみる。振り返ったところで誰もいないことにいまさらながら愕然となる。

『甲状腺のガンです』

そう診断されても待っている人もいないあたしはもう愕然を通り越してぼんやりと空虚を貪るだけだったしああ、そうなのか、やっぱりなとどこか諦めていたふしがある。

検査をした結果手術は絶対なので2週間後の手術まで一旦会社は有給で休みにした。猫ときままな2人ぐらし。あたしは暇を持て余していた。さみしいわけではなかったけれどネットをいじっていたら『レンタル彼氏』というサイトにたどり着いた。

顔出ししている人もいたら横顔だけの人もいたりしてネット観覧だけでも十分に楽しんだ。けど。と、考えてみる。あたしだって女だし。もしかして万が一だってあるかもしれない。いつもの控えめな性格が急に傲慢な女の性格に変わる。あたしは初心者を悟られないようレンタル彼氏にコンタクトをとった。

「はじめまして」

顔出しをしている『ルイくん』を選んだ。自宅でも可能ということで自宅に来てもらっている。

「こちらこそ」小汚いですけど座ってくださいと促しルイくんをテーブルの前に座らせた。わ、実物の方がかっこいいな、ルイくんの顔はプリンスメロンの小玉のようにちいさく線の細い体躯。30歳という年齢はそうともいえるけれど全くわかならい。

「山田さ、あ、いや、ようこさんって呼んでもいいですか?」

「あ、ええ、構わないわ。じゃあルイくんはルイくんで」

ようこさんなどと名前で呼ばれるのなんて何年ぶりだろうとつい心の中で指を折る。その前に男性がうちに来るなんて。もしかして初めてではないだろうか? と、脳内の記憶装置をフル活用し検索をかけるけれどまるで残っていなかった。

「さーて。さーて。今夜は僕になにをして欲しいですか? なんでもしますよ」あ、でも鼻からソーメンは無理ですよ。とルイくんはいいながらクスクスと笑う。そんなこといわないわよもう、あたしもいいながら同じように笑った。猫のたまも一緒になって、ナァー、ナァーと鳴いている。

会社の男性以外と喋ったのも何年かぶりだし何もかもが新鮮で異空間にいる感覚になり自分の部屋なのに他人の部屋のように思えてくる。

ルイくんへの要望は裸のまま抱きしめてもらうことにした。処女だとかガンだとか。もうそんなことはその瑣末なときだけ忘れていた。ルイくんは柑橘系の香りがした。こんな仕事もあるんだなぁ。ルイくんの横顔を見ながら思う。大変な仕事だなぁと。好きでもない女と添い寝をする。まあどのような仕事も楽ではない。わかっている。ルイくんは躊躇なくあたしの頬にキスをした。首筋を触る。ルイくんはわかったかな。リンパ腺が腫れていること。朝になったら腫れが治まっていればいいのに。そんなことを考える余裕などルイくんと並んで眠るまで思いもしなかった。

ー生きたいー

手術は成功して1週間の療養の末職場に復帰した。

「わ、山田さんだ。大丈夫ですか?」

制作の八栗さんがふんわりとした茶髪をなびかせぽんと肩を叩いた。

「ええ、ご心配おかけしました」

あっれー? なんだか山田さん綺麗になった気がするぅ〜。へー。とかなんとかいいながら八栗さんは通り過ぎていった。

あたしは退院してしばらくしてからまたルイくんを呼んだ。これといって進歩はないけれど勇気と希望をたくさんくれるルイくんに今とても感謝している。



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